私はいつも他人の顔色を伺いながら生きてきました。
そして、求められてもいないのに、
多くの親切をして、接してきました。

だからみんなは私のことを

 

「優しい」

 

と言います。

でも、優しくなんてないのです。
ただ自分がいい子であると認められたくて
優しくしているだけなのです。

そしてあのめんどくさい姑に対しても
これでもかというくらい
優しさを振りまいてしまいました。
親切にしずぎてしまいました。

叱られるのが怖くてそうしてきただけです。
嫌いなのにそうしてきてしまいました。

これはすべて自分を守るための優しさだったのです。
私は嫌われ者にならないため
いい人でありたいがための
優しさでした。

どうして承認欲求のために
嫌いな人にまで優しくしてしまうのか。

幼少の頃、
きっと愛が満たされなかったのだと思います。
絶対にそうです。

母親から無償の愛を受け取れなかったのです。
だから愛を受け取るためなら
なんでもやっていたと思います。

母親が喜ぶことをやっていたと思います。
かなり空回りするほど
いい子だったと思います。

今、生きづらいと感じる人は
幼少時の親子の関係性に原因があると思います。

どんな環境だったのか、
どんなことを我慢してきたのか、
何が言えていなかったのか、

気づくだけでだいぶ変わってくると思います。

自覚が必要なのです。

いつも愛を受け取ろうと
頑張ってしたくもないことをするのではなく、

自分が心からしたいと思えることに
取り組むのが良いと思います。

最近、教えてもらった法則があります。

 

自分9割
他人1割

 

自分主体でいいのです。
わがままと言われてもいいのです。
自分の人生なので
好きなように歩んでください。
迷惑をかけてもいいのです。
自分を飾らず
自分はどういう人間なのか
分析ツールや
他者からのシェアでいいので
本来の自分を明確にしてください。

 

自分がどういう人間かわかれば
自分らしく生きられます。

 

もう必要以上に他人に優しさを注がないでください。
相手はそれほどあなたからの優しさを待ってはいません。
優しさを与えても依存するだけです。
もっと優しさを求めてくるだけです。

 

自分のために自分に優しくなってください。
自分のために時間を使ってください。
自己中心くらいがちょうどいいのです。

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